食品消費税減税の前に、円安を止めよ

7月27日、高市首相は特別国会閉会を受けた記者会見で、食料品への消費減税について「結論を得た上で速やかに法案を提出する」と述べた。社会保障国民会議は同日、与野党合意を断念した。それでも中間とりまとめには2027年4月から2年間、食料品の消費税率を1%にする「議長案」が残る。首相は8月上旬にもこの案の採用を最終判断する見通しだ。
物価高が続くなか、食品減税そのものは多くの国民が望む政策だ。しかし、いまの市場の動きを見ると素直に喜べない。この局面での減税は正しい選択なのか疑問を覚える。
市場が発する警告
外国為替市場では円安が止まらない。円相場は7月28日に1ドル=163円台まで下落し、1986年以来およそ40年ぶりの安値を更新した。年初は152円台だったから、半年余りで11円超の円安である。より深刻なのは円の総合的な実力だ。国際決済銀行(BIS)が算出する円の実質実効為替レートは、今年3月に66.33と、統計が始まった1970年以来の最低を更新し、4月にはさらに下げた。1ドル=360円の固定相場だった56年前をも下回る水準であり、1995年のピークの約3分の1だ。「国際的に見て円の価値は暴落している」という言い方は、誇張ではない。
債券市場も穏やかではない。長期金利の指標となる10年国債利回りは7月3日に一時2.81%と約30年ぶりの高水準を付け、28日現在も2.77%と高止まりしている。直接のきっかけは国債入札の不調だが、背景には政権の積極財政路線に対する市場の警戒があると指摘されている。
物価高の主因は円安である
いま国民を苦しめている物価高の主因は、この円安にある。日本は食料の約6割、エネルギーの約9割を輸入に頼る。円の購買力が落ちれば、輸入価格の上昇を通じて食卓を直撃する。実質実効レートの低下は「海外からモノを買う力」の低下そのものであり、食料や原油など輸入品の価格高騰を招いている。
問題は、減税や給付がこの構図をさらに悪化させかねないことだ。市場では、財源の裏付けを欠いた減税が財政懸念を強め、国債売りによる金利上昇と円売りを同時に招く「悪い金利上昇」が警戒されている。
実際、足元では日本の長期金利が上昇しているのに円安が止まらないという、従来の金利差理論では説明しにくい現象が起きている。大和総研は、期待インフレと財政リスクを映した金利上昇が円安と並走していると分析する。国際通貨研究所は、金融政策が財政に従属する「フィスカル・ドミナンス」への懸念を指摘する。高市政権が発足した昨年10月から今年3月までの半年間で、円の実質実効レートは約6%低下した。積極財政への懸念が円売り材料になったとの見方もある。
仮に食料品の税率を8%から1%に下げても、物価全体への押し下げ効果は限られる。円安がこのまま進めば、その効果は輸入物価の上昇に食い潰され、国民が減税の恩恵を実感できないまま終わることすら考えられる。年間6000億円の給付を積み増しても同じことだ。通貨の下落は、減税や給付で配った以上のものを、国民に負担させてしまうのだ。
いま政府がやるべきこと
だとすれば、政府が最優先で取り組むべきは、減税でも給付でもなく、円安を止めることではないか。手段がないわけではない。今年1月、日米通貨当局がレートチェックによる円安けん制を行ったと報じられた際、円相場は159円台から152円台まで急速に戻した。市場の期待に働きかける余地は残っている。より本質的には、財政規律への信認を立て直し、日銀の金融正常化を政治が妨げないことだ。物価上昇率を下回る金利、つまりマイナスの実質金利が続く限り、円安圧力は消えないというのが多くの専門家の見立てである。
減税を否定するつもりはない。物価高に苦しむ家計への支援は必要で、その緊急性も分かる。ただ、通貨の信認が揺らいだままでは、減税の効果は円安による物価上昇で目減りしていく。円安を放置したまま2年限定の1%減税を実施しても、国民生活は楽にならない。順序が逆である。まず円安を止める。減税の議論はそれからだ。

